宗教は、個人の精神世界と社会的秩序を支える基盤として人類史に根ざしている。本稿では、日本の特質性と宗教の調和を考察する。
芥川龍之介『神々の微笑』の宗教観
芥川龍之介の『神々の微笑』(1918年)は、ポルトガル人宣教師と日本人僧侶の対話を通じて、キリスト教と日本の多神教の衝突と共存を描く。宣教師は日本の神々を「悪魔」と断じるが、僧侶は寛容さで共存を肯定する。この対話は、宗教的対立と調和を探る。
芥川の作品では、宗教は個人の内面と結びつく。宣教師の信仰は精神的支柱だが不寛容を生み、僧侶の視点は内省と寛容を両立させる。新興宗教は、僧侶の寛容さから学び、対話と共存を促進するモデルを構築すべきである。
田中英道氏の「共同宗教」と「個人宗教」
田中英道は、宗教を「共同宗教」と「個人宗教」に分け、その役割を論じた。共同宗教は、集団的儀式や教義を通じて社会の結束を強化する。神道の祭礼や仏教の法要は、地域の絆を深め、集団的アイデンティティを形成する。
一方、個人宗教は、個人の内面的信仰を重視し、自己探求や人生の意味を追求する。祈りや瞑想は、心の安寧をもたらす。田中氏は、共同宗教が社会的規範を優先し個人の自由を制限する可能性や、個人宗教が孤立を招くリスクを指摘する。
八百万の神と日本人の宗教観
日本の「八百万の神」は、あらゆるものに神聖性を見出す多神教的視点である。国連で勤務していた日本人が「なぜ日本には一神教の神がいないのか? どうやったら神なしで生きられるのか?」と問われ、「八百万の神は、トイレにもトイレの神様があるように、あらゆるものに神が臨在する。八百万は無限を意味し、物理学で無限が1に近似されるように(∞≒1)、すべての物質に神が宿れば、一神教と本質的に変わらない」と答えたそうだ。
一神教が形而上学的な超越的な単一の神に焦点を当てるのに対し、八百万の神は、日常のあらゆるものに神聖性を見出す。
この思想は、「もったいない」の実践哲学を育んだ。世界で「mottainai」が使われるように、すべてのものに価値を見出し、質素倹約の文化が発展した。そして、「いただきます」は自然の恵みに感謝の意を表す。
信仰のアイデンティティ形成の3つのポイント
信仰のアイデンティティ形成には、心理学的に以下の3つが重要である。
- 社会的評価(優先順位第3位): 社会からの評価は、アイデンティティを強化する。宗教団体の評判や社会的承認は影響を与えるが、理想のモデルや教義に比べ二次的である。
- 教義のコンテクスト(2位): 教義は、信仰の理解と行動の指針を提供する。仏教の「四聖諦」や神道の「祓」は倫理的枠組みを与えるが、実践者の魅力がなければ知識に終わる。
- 理想のモデルの魅力(最重要1位): 実践者の魅力は、2世の信仰のアイデンティティ形成の最重要要素である。宗教家の子でも、親や教祖の実践する姿に惹きつけられるかが決定的だ。魅力的な実践者は、信仰を生き生きとさせ、2世に理想の生き方を示す。
新興宗教の注意点
新興宗教で最も注意すべきは、親や教祖が魅力的なモデルでなければ、教義や社会的評価が優れていても子でもある宗教2世の信仰を育むのは難しい点である。いくら教義を説得しても、子がが親や教祖に理想のモデルを見いだせなければ、信仰は根付かない。この点は、次世代への信仰継承において重要点である。
宗教を崇高な趣味として例えた場合の分類
宗教を趣味に例えると、3つに分類される。
- 最悪な趣味:賭け事のような害を及ぼす宗教
賭け事が家計を響かせるように、過激な宗教やカルトは社会に害を及ぼす。過激な宗教は、2世の信仰のアイデンティティを破壊的に形成する例だ。 - 普通の趣味:誰にも迷惑をかけない宗教
お酒を嗜むように、個人的な信仰や瞑想は誰にも害を与えない。個人宗教に近く、2世のアイデンティティは内省的だが、共存に影響は少ない。 - 最も良い趣味:成長と貢献をもたらす宗教
知人を増やし、知識を研鑽し、社会貢献で成長を実感する趣味が理想だ。
魅力的な実践モデルの提示
信仰のアイデンティティ形成の最重要要素は、理想のモデルの魅力だ。指導者が地域や社会貢献でその精神を体現すれば、人々に感銘を与える。特に、新興宗教は、親や教祖が魅力的な実践者であることを最優先にすべきだ。
結論
八百万の神は、あらゆるものに神性が臨在し、一神教のように全てを超越する存在に似たものを目指すならば、その実践を通して結果的に魅力が高まり、世俗的に言えば人気を博すだろう。
新興宗教では、親や教祖が魅力的なモデルでなければ信仰継承は難しい。日本では、共同宗教と個人宗教というレイヤーで考えるならば、新興宗教は社会貢献という実践と対話により孤立化を防ぎ、共存を目指すべきだ。
これは、信仰のアイデンティティ形成と継承のためにも有効だ。そして、結果として、宗教の多様性を尊重する共生の未来が待っていることだろう。

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