11万人の叫びに応えた無償の志 1988年3月、朝日新聞が報じた「高校中退者11万人」の数字に田中は心を震わせた。「衝動的に辞めて後悔する若者たちを、このまま見捨てていいのか？」 彼の答えは行動だった。川崎市内の高校を回り、中退の実態を調査。教師や教室を確保し、12畳の会議室で「川崎郷土学校」を開校。資金ゼロ、ボランティア6人の教師陣、無料の教室——すべては田中の「誰もが学び直せる場を」という信念から生まれた。この学校は単なる大検予備校ではない。高校中退者、中卒者、さらには地域住民まで、月曜から土曜の夜6時～9時に集い、2年間で大検合格を目指すもよし、純粋に学びたいだけでもよし。「勉強したいなら、誰でも来てほしい」と田中は呼びかけた。開校初日、9人の生徒が集まり、緊張しながら「文法から教えて」「大検の勉強を」と声を上げた。中には「何もわからないんです」と顔を赤らめる生徒も。田中はそんな彼らを温かく迎え入れた。
教義と平和の体現者 なぜ田中はここまで無償の奉仕に身を捧げたのか？ そこには彼の信仰——家庭連合の教義と世界平和への情熱があった。田中は、国際交流活動を通じて知り合った仲間と共に「学びの場を地域に」と決意。千葉や東京でも同様の動きが広がる中、彼の学校は「中退＝終わり」の社会の烙印を跳ね返した。「泣きながら『学校に戻りたい』と言う子がいた。それを放っておけない」と田中は語る。その情熱は、単なる教育支援を超え、若者の魂に希望を灯す使命だった。
意外性とギャップ：リーダーへの道 世間が家庭連合を「物議を醸す宗教団体」と見る中、田中富広のこのボランティア活動は驚くべきギャップだ。無償で中退者を救い、地域に学びの場を築いた男が、後に家庭連合の会長に上り詰めた。その原動力は、教義を実践し、平和を追求する揺るぎない信念だったのではないか。社会のスティグマをものともせず、若者に寄り添った田中の姿は、宗教団体のリーダーとしてふさわしい人間性を物語る。「中退したから終わりじゃない。新しい一歩を踏み出してほしい」。1988年の川崎で田中が投じた一石は、2025年の今もなお、希望の波紋を広げている。教義のために生き、平和のために奉仕した男の物語——それは、批判や偏見を超えた、まさに人間の可能性を信じる物語だ。（参考: 朝日新聞1988年9月17日、29日記事）
